Pocket

健優館の「ミッション(使命)」

愛媛県松山市の整体院 健優館です。

当院のミッション(使命)は、「心と体とエネルギーの調和を通して、慢性症状の根本改善をサポートし、少しでも長く人生を自由に楽しめる『本当の自分』を生きるためのお手伝い」をすることです。

そして、その輪を広げていくことで、

●ロコモ予防(寝たきり予防)
●健康寿命(自分で自由に自立して日常生活を送れる期間)の向上

に貢献していくことです。

健優館の「ミッション(使命)」が生まれたキッカケ

当院の使命、「心と体とエネルギーの調和を通して、慢性症状の根本改善をサポートし、少しでも長く人生を自由に楽しめる『本当の自分』を生きるためのお手伝い」が生まれたキッカケは、今から約10年前の2004年、私が23歳の時に、過労で入院し、実際に「寝たきり状態」を体感したことにあります。

当時の私は広告デザインの仕事(新聞の折り込みチラシや、パンフレット、看板のデザインの作成など)していました。

この仕事は、締切がとても重要で、忙しいときには徹夜はあたりまえ、私も最大2日連続で徹夜したこともありました。

そんな忙しさがピークのある日、前日の残業で寝不足の中、なんとか自宅に帰宅し、できる限りの睡眠をとり、朝急いで出勤するため、当時住んでいたマンションの階段をかけ下りていると、急に胸の苦しさを感じました。

何かおかしいなと感じつつも、その日もたくさんの仕事が待っていたので、一時的なものですぐに良くなるだろうと、急いで車で会社に向かいました。

そして朝からいつも通り仕事をこなしていたのですが、一向に胸の苦しさが収まる気配がありません。むしろ時間が経つにつれ、より苦しさを感じるようになりました。

私はどちらかというと、我慢強いほうだと自分では思っていましたが、さすがにこれはおかしいと感じ、午前中までなんとか仕事をこなし、お昼から一度、病院に行かせてもらうように会社の上司に相談し、いったん会社を抜けました。

その頃は実家暮らしで、まず自宅に帰りました。

その帰り道、運転するのがやっとで何か体に異変が起きていることを自分でも確信しました。

ちょうどその日は土曜日で、父の仕事が休みで病院に連れて行ってもらいました。

土曜日は救急病院しかなく、混み合っていてこれは時間がかかるなぁと思いつつ、あきらかに苦しくなっていく体の感覚に、「自分はもしかして、このまま人生を終えるのかもしれない」ということまで頭に浮かぶようになりました。

そしてようやく自分の診察の順番がきて、レントゲンなどの検査をし、体の状態を見てもらいましたが、特に異常はみられず、お医者さんからも「いったん様子をみてみましょう」と言われました。

自分としては、どこも異常はないのかぁという安心感とともに、それでもあきらかに普段と違う胸の苦しさの矛盾を感じていました。

それから薬をもらうために待っていたのですが、ついには座った状態から頭を上にあげることもツライ状態になりました。

そして、しばらくすると、看護婦さんが来て、「藤原さん、もう一度診察室に来てもらえますか?」と言われ、なんとか診察室まで行きました。

そうすると、先ほどのお医者さんが少し深刻そうな顔をして、「藤原さん、実はレントゲンを詳しく見てみると、左の肺がかなりしぼんだ状態です。すぐ処置をしますので、車いすに乗って別の病棟に移動して下さい」と言われました。

最初は胸が苦しいので心臓がおかしいのかと思いましたが、この苦しさの正体は肺にありました。

車いすで別の病棟に移動しているとき、なぜか、この先どうなるのだろうという不安や恐怖ではなく、むしろ原因が見つかったことによる安心感と、しばらく仕事から解放されるという一種のやすらぎのような気持ちになりました。

今思うと体の疲労が限界を迎え、そろそろ休みたいという体からのサインだったのかもしれません。

その後、会社にも事情を連絡し、しばらくお休みをいただきました。

今回は気胸という肺に穴が空く症状で、比較的10~20代のやせ形の男性に多い症状のでした。

肺にポンプのようなものをいれ、余分な体液を抜きしばらく、安静にしていれば治る症状なのですが、この安静で治した場合は再発率50%と非常に高いのですが、手術をすれば、再発率が5~10%になると言われ、今回は再発のリスクを考え手術にしました。

手術は内視鏡手術という体に3か所小さい穴をあけて、手術をするもので、患者の体への負担が少なく術後のキズ跡も目立ちにくいというものでした。

手術前はまさにまな板のコイの気分で、覚悟を決めて臨みました。

手術中は麻酔が効いて意識もなかったため、痛みも感じなかったのですが、術後2、3日が現在33年間生きてきた中で一番つらく大変なものでした。

ちなみに2番目は親知らずの歯を抜かれた時です(笑)

手術後、いままで感じたことのない、ものすごいだるさとともに目が覚め、体が鉛のように重たい感覚がありました。

そして寝返りも打てなくて、ほとんど動くことができないまさに「寝たきり」の状態でした。

ほとんど動けないこともかなり辛かったのですが、一番辛かったのがトイレに行けないということでした。

今まで当たり前のように、トイレに行きたいときはすぐに行けていたものが、寝たきりで動くことができず、かわりにチューブのようなものを入れ用をたすそんな状態でした。

この状態になかなかなれず、ずっとトイレを我慢しているような状態になり、ものすごいつらさと精神的にもかなりのストレスを感じたことを今でも覚えています。

このほぼ完全寝たきりの状態が続いた丸1日は、私にとって、まさに拷問や地獄を味わっているような感覚すらありました。

その後徐々に動けるようになりましたが、2、3日は自由に動くことができない状態がでした。

私は、この時生まれて初めて、「寝たきり」という状態を体感し、いつもあたりまえにできていることが、できないことの辛さと、反対にあたりまえにできることが、今もあたりまえにできることがどれだけ幸せでありがたいことかということを痛感しました。

元々、スポーツジムで体を鍛えたり、体や筋肉のことに興味があり、食事なども少し健康オタクなところもありましたが、この寝たきり体験をしてからより「健康」というものを真剣に考えるようになりました。

その後縁あって「整体」の道に進み、現在に至るのですが、この寝たきり体験が今の私の人生の大きなターニングポイントになったと心から感じています。

現在の健優館のミッション(使命)は、「腰痛・肩こり・慢性症状の根本改善を通して、少しでも長く人生を自由に楽しみ「本当の自分」を生きるためのお手伝い」をすること、そして、その輪を広げていくことで、●ロコモ予防(寝たきり予防)●健康寿命(自分で自由に自立して日常生活を送れる期間)の向上に貢献していくことです。

このミッション(使命)の裏には、自分で実際に「寝たきり」の体験をしたことで、自由に動けないことの辛さと、あたりまえのことがあたりまえにできることへの感謝の気持ちがあります。

私の「寝たきり」状態は2、3日でしたが、何年、何十年ともっと長期間寝たきりで生活されている方もいらっしゃいます。

実際に私の祖母が長期間寝たきりなったり、元気に歩けていたクライアントさんが病気で寝たきりなってしまった状態を目の当たりにしてきました。

残念ながら、2人ともそのまま寝たきり状態から回復することなく、帰らぬ人となる悔しい思いもしました。

この自分自身の体験から見た「寝たきり」、客観的な体験から見た周りの方々の「寝たきり」状態、そしてその後の悔しい思いを通して、少しでも長く健康で人生を楽しむためには、「寝たきり」にならないこと、すなわち寝たきりの予防(ロコモ予防)がとても重要だと痛感しています。

この「寝たきり予防(ロコモ予防)」のために、自分にできることは何かと自分自身に問い続けた結果、今の仕事の整体を通して、寝たきりのキッカケでもある、腰痛や肩こり、慢性症状を根本的に改善するためのお手伝いをし、その結果「寝たきり予防(ロコモ予防)」につながるそんな活動、生き方をしていこうと心に強く思いました。

この心から、魂から感じる強く熱い思いが、このミッション(使命)を果たしていくことが、「本当の自分」を生きている証であるということを確信しています!

そして、このホームページを見ていただき、この長文を読んでいただいたご縁のある、あなたの「本当の自分」を生きるためのキッカケのお手伝いができたら、私も幸せです♪

Pocket

The following two tabs change content below.
松山市の整体-あなたらしく輝く整体院 健優館松山 館長 藤原優(ふじわらゆう)
松山市の心と体が楽になり人生が楽しくなる整体院 健優館 館長。趣味はアート写真。詳しいプロフィールはこちら→松山市の整体-あなたらしく輝く整体院 健優館松山 館長プロフィール
松山市の整体-あなたらしく輝く整体院 健優館松山 館長 藤原優(ふじわらゆう)

最新記事 by 松山市の整体-あなたらしく輝く整体院 健優館松山 館長 藤原優(ふじわらゆう) (全て見る)