Pocket

真理(本当のこと)を伝える「日本昔話」

愛媛県松山市の整体院 健優館です。

世界には、キリスト聖書や仏典などの聖書と言われる本が存在していますが、実は日本にも日本語で書かれた聖書が存在します。

それが「日本昔話」なのです。

日本昔話には、作者が存在しません。

誰が書いたのか分からないまま、何百、何千年語り継がれています。

日本昔話は、すべて内面的、心の状態における真理(本当のこと)が書かれているわけですが、ほとんどの人が外面的に捉えて解釈されています。

日本昔話を内面的に捉え見ていくと、真理(本当のこと)が見えてきます。

全我のおじいさんと個人我のおじいさん

日本昔話の花咲じいさんには、主におじいさん・おばあさん・白い犬・悪いじいさんが登場します。

花咲じいさんを外面的ではなく、内面的に見ていくと、白い犬がおじいさん、おばあさんのところに迷い込んできます。

この白い犬は、全我である心を表しています。

おじいさん、おばあさんが白い犬をかわいがります。

このかわいがるは全我と同調するということです。

全我と同調していた心は、ここ掘れワンワンと、金や銀の宝物を生みました。

そして分離感のない心は、その宝でさえ多くの人に分け与える平等の心を持っています。

言い方を変えれば、分離感のない心、平等の心が宝を生みだしたと言えます。

それを見ていた個人我の心を持つ悪いじいさんが、その白い犬を借り、掘った宝を全て自分のものにしようと考えていました。

ですがこのような個人我の心は、同じ犬を使っても宝どころか、ガラクタしかでてきません。

このことから心の違いで、物質も全く違うものが生まれると解釈できます。

同じものを使っても、心の表れで結果は大きく変化する

宝を手にできなかった悪いじいさんは、自分の心を反省しないで、犬に八つ当たりをし殺してしまいます。

これは犬を殺したというより、全我に目覚めないと解釈できます。

そしてこの死とは犬という形が崩壊しただけで、白という生命は死ぬことはありません。

おじいさん、おばあさんはその死んだ犬を引き取り、穴を掘り埋めて、小さな苗木を植えます。

その苗木に毎日水をやる、つまり毎日生命を意識しているということになります。

やがて苗木は成長し大木になり、その大木に雷が落ちて木が割れて倒れ、その木で臼(うす)を作ります。

イオンを持った木に、雷のような強い電圧をかけると非イオン系に変化し、中性になります。

その臼を突くと宝が湧きでてきます。

これは全我で生命を常に意識している心は宝を生むという例えです。

その宝もおじいさんは自分だけのものにせず、皆に分け与えます。

宝が出てくる事を知った悪いじいさんは、その臼をおじいさん、から借りてきて同じく突きましたが、出てきたのはまたしてもガラクタです。

同じものを使っても心の表れで宝とガラクタに分かれます。

結果である使い方ではなく、原因である動機の心をまねする

悪いじいさんは、また物質に八つ当たりし、その臼を燃やしてしまいました。

臼を燃やしたということは、真我に目覚めない、自我の心という意味です。

反対に常に白という犬、つまり生命を意識しているおじいさん(生命体)は、灰になった臼を持ちかえります。

そのとき風が吹き、その灰が桜の木にかかり桜の木の花が満開になります。

灰はものを再生する力、生命を呼び込む力をもっています。

花が咲くとは再生で、アルカリは必ず空(くう)という酸を呼び込む、宇宙の中性力が働いています。

おじいさんは、お殿様がその道を通る時、桜の木に登って、その灰を蒔いて見事な花えを咲かせ、お殿様からたくさんのご褒美をもらいました。

それを見ていた悪いじいさんも、お殿様から褒美をもらおうと桜の木に登り同じ灰を蒔くのですが、花は咲かず、その灰がお殿様の目に入ってお殿様からお仕置きを受けます。

同じ物質を使っても、同じ結果は出ない、使う人の意識(心)の状態で大きく変化するのです。

結果である物質の使い方の「マネ」をするのではなく、原因である動機の心を「まね」なくてはなりません。

花咲かじいさんは、心の表れを表現している教えなのです。

一寸法師は小さな法則の師匠

一寸法師を漢字で書くと、小さな法則の師匠となります。

子供がいない、おじいさん、おばあさんが子供が欲しいと願うと、なんと小さな子を授かります。

これが時間がたっても大きく成長しない子、一寸法師です。

ある時一寸法師は、おじいさん、おばあさんに都に行きたいと話します。

お椀に乗って都へ行く、その姿は上から見ればオタマジャクシ、つまり精子です。

お椀の中に人間の遺伝子が入っているのです。

川の流れに乗って、都に行くとは、筒の中を通って子宮の奥に到達、受精することになります。

そこでお殿様と出逢い、姫の家来になれと言われます。

一寸法師は、女の子として生まれてくるのです。

自分と神の分離感が「鬼」

一寸法師は、人間という固定観念を持った状態で、成長していきます。

ある日、一寸法師である姫は、お寺に行き、その帰りに鬼が出ました。

お寺に行くとは、先祖参りか神に祈るかです。

「先祖、神を外に求めるな、先祖我が内に処す(内在の神、仏)」という言葉があります。

先祖や神は、姫である心の中に存在しているのであって外面的な世界に存在しているものではないのです。

先祖、神、仏をお参りするという外に求めた行為そのものを、鬼と例えたのです。

鬼という妖怪が存在しているわけではなく、自分と神との分離感が「鬼」なのです。

一寸法師は、魂の成長を意味してる物語

一寸法師は、その鬼を倒します。

つまり、分離感から一体感に変化したのです。

個人我から全我への心に成長したということです。

人生という鬼との戦いの中から、本源である世界を見出した、内の世界から湧き上がってきた、だから「うちでの小槌」と例えたのです。

一寸法師は、魂の成長を意味している物語なのです。

昔話によく鬼が出てくる場面がありますが、鬼とは、自我意識そのものなのです。

自我意識とは、自分は個人で、自分だけ良ければいいという分離の心のことを言います。

鬼退治は自我意識の克服

桃太郎で鬼ケ島に鬼退治に行きますが、鬼ケ島とはどこにあるのでしょうか。

それは自意識を持った人が住んでいる島、つまり地球そのものです。

なぜなら地球人のほとんどは、自分は人間という、独立した生き物だと思っているからです。

桃太郎が鬼を退治に、おともで連れて行った動物は、犬、猿、キジ(鳥)です。

犬は動物の中で酸性を意味し、猿はアルカリ性を意味し、キジ(鳥)は空(くう)そのものです。

三位一体すべての要素を得るものは、自我意識の克服です。

鬼退治は個人的意識から、宇宙全我の心に変わる、変化するという意味です。

酸とアルカリ、一対の関係

どうして犬が酸で猿がアルカリかといいますと、物質には酸とアルカリしか存在しておらず、どんな動物も酸性系とアルカリ系に分類されるからです。

日本語でよく一対で話をすることがあります。

犬と猫、タコとイカ、馬と牛などです。

これらは酸とアルカリの関係なのです。

雪が降ると、犬は外で駆けずり回り、猫は寒いと家の中で丸くなるという歌がありますが、外で走り回るとは能動的で、家の中ということは受動的になります。

能動はプラスで酸を意味し、受動はマイナスでアルカリを意味します。

土壌菌も上のほうがプラス菌で、下のほうがマイナス菌です、

犬は糞や小便を地面の上にします。

猫は手で穴を掘って用を足します。

この時点で酸性系とアルカリ系に分かれます。

また、酸性系の糞は、糞ころがしが処理をし、アルカリ系の糞は、ミミズが処理します。

糞尿処理もキチッと役目が決まっています。

その他にもタコは海の上のほうにいて、イカは海の下のほうにいます。

海も上が酸性で下がアルカリ性です。

つまり自分の性質と同じポジションに存在しているのです。

馬も能動的で男性的、牛は受動的でミルクや肉は多く食されています。

同じ草を食べている馬の糞と牛の糞は事なります。

馬の糞はパサパサしていて軽く、糞ころがしが処理し、牛の糞はズッシリ重く、ミミズが処理します。

糞ころがしとミミズの関係も、酸とアルカリの関係なのです。

生きることに違和感を感じているあなたと共に歩む整体院

当院では、体のバランスが調和するとともに、心に癒しのヒーリング効果のある不思議な整体を行っています。

つまり、心と体の両面にアプローチし、より深い部分から楽になる整体です。

ちょっと不思議な話ですが、自分や人生、目の前の現実に感じる違和感は「あなたがあなた本来の生き方を取り戻すため」に発生します。

言いかえると、今のあなたの生き方は、本来のあなたの生き方とズレていますよ、と教えてくれている体からのサインと言えます。

あなた本来の生き方とは、頭で考えた生き方ではなく、心で感じる生き方です。

過去の後悔や未来の不安ではなく、今この瞬間の喜びを生きる生き方です。

違和感やストレスを感じる生き方ではなく、絶対的な安心感の中、楽に楽しく生きる生き方です。

ですが、苦しい経験があるからこそ、うれしい経験を感じることができます。

悲しい体験があるからこそ、喜びの体験を味わうことができます。

苦しさや悲しさは、人生を味わい深いものにしてくれる最高のスパイスだと言えます。

そんな意識で、どんな自分も受け入れ、認め、許し、愛することができたとき、あなたが本来のあなたを生き始めるきかっけにつながります。

松山市の整体院 健優館は、整体を通して、心・体・生活習慣・環境が調和するお手伝いをし、あなたが人生を生きることが楽に楽しくなりあなたらしく輝くお手伝いを全力で行っている整体院です。

単に症状が改善するだけの場所ではなく、あなたが本来のあなたの生き方に気づき、本来のあなたの生き方を取り戻す場所を追求しています。

あなたという存在は、この世界、この宇宙でたった一人しかいないオンリーワンの存在です。

自分は貴重で、素晴らしくて、すごい存在なんだということに気づき、どんな自分にもOKを出せるようになると、あなたの人生そのものが好転する可能性を秘めています。

あなたは存在しているだけで十分価値がある存在です。

パズルに余るピースはないように、この地球という壮大なパズルもあなたというピースがなければ完成できないし、成り立つことができません。

自分のことを今より好きになり、自分を認めてあげましょう。

あなたは一人ではありません。

一緒に一歩一歩進んでいきましょう。

松山市の整体院 健優館は、そんなあなたにやさしく寄り添う整体院です。

まずはお気軽に電話やメールでお問い合わせくださいね。

このページを最後までお読みいただいた、ご縁のあるあなたのご来院を心よりお待ちしております。

松山市の整体院 健優館 院長 藤原優(ふじわらゆう)

「ホームページを見ました」と今すぐお電話下さい!

今すぐお電話

お問い合わせ

※iPhoneやiPadで電話番号ボタンを3回以上タップするとシステムの関係で「このWebサイトから自動的に電話をかけることは禁止されています。」と表示されますが「通話を許可」→「発信」をタップすると電話をかけることができますのでご安心下さい。

↓↓↓下記のページもご覧下さい↓↓↓
健優館TOP 館長自己紹介 はじめての方へ お客様の喜びの声 整体料金 よくあるご質問 予約申し込みの流れ 交通アクセス

松山市の整体院 健優館(けんゆうかん)
〒791-8011
愛媛県松山市吉藤5丁目3-11
(松山市駅から北条方面へ車で約15分)
電話番号:089-906-5484
営業時間:9時~20時
定休日:日曜日(土曜・祝日も営業)
P2台あり
 

Pocket

The following two tabs change content below.
松山市の整体-あなたらしく輝く整体院 健優館松山 館長 藤原優(ふじわらゆう)
松山市の心と体が楽になり人生が楽しくなる整体院 健優館 館長。趣味はアート写真。詳しいプロフィールはこちら→松山市の整体-あなたらしく輝く整体院 健優館松山 館長プロフィール
松山市の整体-あなたらしく輝く整体院 健優館松山 館長 藤原優(ふじわらゆう)

最新記事 by 松山市の整体-あなたらしく輝く整体院 健優館松山 館長 藤原優(ふじわらゆう) (全て見る)